素敵な墓場で暮すために

筆者の北京留学・中国生活に関することを中心にしようと思っていたら書く気力がわかないまま時間が過ぎていったブログです。

中朝国境地帯を横断してみた - ⑤中朝露三国国境の街・琿春(終)

※前回の続きです。

graveyard-life.hatenablog.com

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緑線が前回、紫線が今回の行程です。

 

中朝露三国国境の街 琿春

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キリル文字が国境の街であることを象徴している

図們北駅から高速鉄道に乗り込むと、ものの二十分ほどで終点・琿春駅へ到着した。

ここには中国・北朝鮮・ロシア三カ国の国境が交わる「防川」という土地があり、観光客の大半がそれを目当てにこの街に来る。

一つ気がかりだったのは、日本人は入ることができないという曖昧な前情報があることだった(行けたという情報もあった)。しかし三国国境は中朝国境行にとって外せない場所であり、何としてもこの目で見てみたい。

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駅前を出ると防川行きのバスが見つかったので、取り敢えず乗り込んで現地へ向かってみることにした。

バスは琿春の市街地を通り過ぎ、南へ向かう。途中の店の看板には、漢字・ハングル・キリル文字が併記されているものが散見された。

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この三言語を看板に掲げている店が何軒も立ち並ぶのは、世界広しといえどもここくらいではなかろうか。三国国境の街は伊達ではない。

郊外をひたすら南へ走っていくと、バスは途中のいくつかのスポットで停車し、写真タイムや買い物タイムとなった。道沿いにはロシアと北朝鮮の物品を売る土産物屋がポツポツと立ち並んでおり、バスの乗客はそこでの買い物を促された。

途中立ち寄った地点には中国領土が幅8mしかないという地点もあり、柵のすぐ向こうがロシアでその反対側が北朝鮮、というのは何とも不思議な感覚であった。

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道沿いの土産物屋

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中国領土が幅8mしかない地点

 

バスが防川の観光拠点に着くと、乗客はチケット売り場に誘導された。

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チケット売り場の表記で、どうやら「土字碑」には外国人が入れないらしいことが分かった。この土字碑とは中露国境の直上に立てられた石碑のことであり、国境管理の都合上外国人の立入を制限するのは理解できる。

問題はどこまで入れるか、だが……。

 

フィーダーバスに乗って、観光地のあるエリアを目指す。するといきなり、「この先軍事管理区」の文字が見え始めた。門の前で停車すると、解放軍の隊員がバスに乗り込み、身分証を呈示するよう求めてきた。おお、これはヤバいぞ……。

隊員にパスポートを見せると、「日本人はダメだ。ここで降りろ」と言われ、バスから降ろされてしまった。バスは無情にも、軍事管理区の中へ走り去っていく。これは、何も観光できないのか……?

すると隊員が歩み寄ってきて、こちらに敬礼をしてから「軍事施設だから日本人はダメなんだ。そこの塔なら入っていいから」と告げてきた。

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中朝露三国国境地帯を一望できる龍虎閣

後ろを見ると、国境を望む展望台のようなタワーが見える。今回来たかったメインの建物はこちらだったので、入れることがわかりひとまずホッとした。タワーまで歩いて向かい、展望フロアへ登る。

展望フロアで外に出ると凄まじい強風が吹いていたが、中国・北朝鮮・ロシアの国土を一望することができた。豆満江を越えて北朝鮮とロシアを結ぶ鉄道橋も望むことができる。

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中朝露三国国境であることを示す看板

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国境の大体の位置。奥に見える鉄道橋は朝鮮・ロシア友情橋

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中国側の国境防衛拠点

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日本海を挟んで鳥取県境港市との交流がある模様

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沿海州などが帝政ロシアによって「侵略された」過程が展示されている

塔の下層階には、このあたりの国境画定までの歴史的経緯が記された展示があったが、中国側の「あと少しで海に出られたのに……」という悔しさが前面にあらわれた展示内容となっていた。

そして、「祖国の神聖な領土は一寸たりとも失うことができない」といった標語も、防川エリアのそこかしこに掲げられていた。この地もまた愛国教育の重要な拠点になっているということだ。

 

バスで帰る途中、中朝国境のチェックポイント前で撮影休憩があった。横に目を向けると、このチェックポイントに並行して新たに国境道路とチェックポイントを建設している現場が見えた。中朝国境地帯で、今開発が進められていない地域はないのかもしれない。

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建設中の新しいチェックポイント

バスで戻った琿春駅から高速鉄道に乗車し、吉林駅で降車。吉林駅から北京行きの夜行列車に乗り換え、無事に北京への帰途に就いた。

 

今回の旅では、丹東から琿春まで、中朝国境地帯を駆け足で回ってきた。

朝鮮半島情勢が大きな変化に直面しているいま*1、中国は北朝鮮の経済開放を見越して、国境地帯全体でその準備を進めていた。

東アジア全体の勢力図が塗り替えられる可能性をも孕む現在の流れの中で、日本は一体どう動いていくのだろうか。政治家ではないので考えても仕方ないが、この地域の未来の姿を想像せずにはいられない、そんな感情を抱かせる旅行であった。

~終~

*1:2018年当時